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どういうところで一番良い考えが浮かぶ。
科挙という国家試験が古くから行われた中国では、そのことが真剣に考えられたのであろう。
科挙では文章を綴る能力が試験されたから、我々が今考えているよりも遥かに文章が重視されていた。

中国の欧陽修という人は一般には三上という言葉を残したとして、甚だ有名である。
三上とは、馬上、枕上、厠上である。

これを見ても良い考えの生まれやすい状況常識的に見てやや以外と思われるところにあるとしているのが面白い
馬上は、今なら通勤の電車の中、あるいは車の中ということになろうか?
電車なら無難だが考え事をしながら車を運転していては危険かもしれない。
昔の馬上なら少しくらいはぼんやりしていても交通事故になる心配はしなくてもよかっただろう。

スコットの「くよくよすることはないさ。明日の朝、七時には解決しているよ」という言葉がある。
スコットのは、一晩寝ているうちに考えが自然に落ち着くところへ落ち着いているという事である。

その間、ずっと机上の状態ではあるが、別に考えようとしているわけではない。
ここでは、むしろ、目を覚まして床の中に入っている時に、良いアイディアが浮かんでくることを言っている。
それに夜、床に入ってから眠りにつくまでよりも、朝、目を覚まして起き上がるまでの時間の方が効果的らしい。
ヘルムホルツやガウスが、朝、起床前に素晴らしい発見を思いついたというのはそれを裏付けている。

睡眠には二種類ある。 レム(Rapid Eye Movemetn)睡眠とノン・レム(Non Rapid Eye Movemetn)睡眠である。
レム睡眠の時は、体は休息しているけれども、頭は働いている。
ノン・レム睡眠では逆に頭が休み、筋肉などは微かに活動していると言われる。
つまり、睡眠中もレムの間は一種の思考作用が行われている。眠っていても考え事が出来るわけである。
無意識の思考がこれが大変優れている。枕上とは、それを捕らえたもので、古人の鋭い観察に基づく発見と言わなくてはならない。
洋の東西を問わず、床の中の考えの優れていることに着目しているのは興味深い。

朝、トイレへ入るときに新聞を持ち込んで丹念に読む人がいる。
トイレの中に辞書を置いている人もある。辞書があるのは読書をするためでもあろうか?
いずれにしてもトイレの中は集中できる。周りから妨害されることもない。
ひとりだけの城に籠もっているようなものだ。

その安心感が頭を自由にするのであろうか。
やはり思いも掛けないことが浮かんでくることが少なくない。
ただ人はこれをあからさまに言うのを、例えば、馬上、枕上に比べて憚る事が多いのかもしれない。

ものを考えるには他にすることもなくぼんやり或いは是が非でもと力んではよくない。
というのが三上考えによっても暗示される。いくらか拘束されている必要がある。


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